これからの看護師 求人
とてつもない水圧、光のまったくない暗闇、三〇〇度の海水、そして栄養源の硫化水素、といったものが、チューブワームを取り巻く「環境」なのです。
これはわたしたちには無縁の環境です。
わたしたち人間は特殊な乗り物を使わなければこんな水圧のところには行けませんし、地球上の大部分の生き物と同じく、生きていくためには太陽エネルギーを必要としています。
また、三〇〇度などという温度にも耐えられません。
チューブワームの栄養源である硫化水素は多くの生物にとって有害なものです。
つまり、同じ地球上の生物であることに変わりはないのですが、それでもチューブワームにはチューブワームの「環境」があり、人間には人間の「環境」があるということです。
ここでは極端にかけ離れた例を挙げましたが、程度の差はあるにせよ、それぞれの生物種にはそれぞれの「環境」が存在します。
さて、そもそも「環境」とは何なのでしょうか。
教科書的な定義をすると、生物を取り囲む外的なさまざまな条件の総体、ということになります。
もちろん、これだけではあまりに大雑把すぎてよく分かりません。
生物にとっての環境とは何かを理解するためには、生物圏の階層構造とニッチという概念が必要になります。
生物の世界の最も基本になるのは「遺伝子」です。
生物とは何か、という問いはなかなか難しいもので、研究者ごとに答えは異なっていたりしますが、「自己複製」を行う有機体である、というのがひとつの共通した考えだと思います。
自己複製を行う際の情報源となるのが、遺伝子なのです。
この遺伝子の情報によって「細胞」がつくられます。
生物界には単一の細胞だけでできている種も多く存在しますが、この細胞が集まって形成されたのが「器官」です。
それぞれ個別の機能をもった器官が集まったものが「個体」です。
同種の個体が集まると、ある構造をもった「個体群」になります。
そして、複数の種からなるいくつかの個体群が集まり「群集」が形成されます。
「生態系」という言葉を聞いたことがあると思いますが、生態系とは、この群集とそれを取り巻く非生物的環境がつくるひとつのシステムのことです。
生物群集のなかには、地球にふりそそぐ太陽エネルギーを利用して、無機物から有機物をつくり出すことのできる種がいます。
いわゆる植物です。
同じく群集のなかには、自ら有機物をつくり出すことをせず、このような「生産者」がつくった有機物を利用するだけの種もいます。
例えばヒツジのような草食動物ですが、これらを「第一次消費者」といいます。
自ら有機物を生産せずに生きていくには、生産者を食べるという方法以外に、この第一次消費者を食べてしまうというやり方もあります。
これが「第二次消費者」で、肉食動物などはここに分類されます。
無機物が有機物になるばかりだと地球上は有機物だらけになってしまいますが、今度はこの有機物を無機物に分解する種も現れてきます。
これがバクテリアなどの「分解者」です。
この分解者のおかげで栄養はまた生産者へと還元されるのです。
このつながりによる物質の循環が、いわゆる「食物連鎖」です。
ここで説明した食物連鎖は非常に単純化したものですが、このような食物連鎖が高次化、複合化し複雑なネットワークをつくり、長期に安定したシステムとなったものが生態系なのです。
いま地球上に存在している生物種は全部で約一五〇万種といわれています。
もちろんこれは正式に分類されている種についてのことであり、未分類や未発見のものを入れるとこの一〇倍くらいになるという意見もあります。
これらすべての種が、何らかのかたちで生態系の中に組み込まれているのです。
「ニッチ」というのはもともと「壁轟」という意味で、西洋建築にみられる彫像などを置く壁のくぼみのことだそうですが、生態学においては「生態的地位」と訳されています。
簡単にいうと、生態系のなかでそれぞれの種がいる位置のことです。
生態系のなかで、それぞれの種は周囲の別の生物種、気温や湿度、地形などの物理的条件といったものと関わり、影響を受けています。
これらの関わりを表したものがニッチといえるでしょう。
ニッチはさまざまな環境要因のセットとして記述できます。
例えばさきはどのチューブワームのニッチは、水中、高温、日照なしといった物理的な条件と、エネルギー源としての硫化水素、共生種としての細菌などといった条件の組み合わせとして描くことができます。
一方わたしたちは、陸上、(相対的に)低温、日照ありといったような、チューブワームとはまったく異なるニッチにいるわけです。
チューブワームの栄養体に棲んでいる細菌のニッチはまた少し異なっていることでしょう。
壁のくぼみに彫像が置かれるように、それぞれの種はそれぞれのニッチにおいて存在しているのです。
このように、生物はそれぞれ種によって異なるニッチのなかで生活しており、それぞれの種のニッチはどのようなものかというのを考えることが、その種にとっての「環境」を考える第一歩になります。
つまり、人間にとっての「環境」とは、あくまで人間がいるニッチの範囲での外的な条件のことになるわけです。
このように、それぞれの種にはそれぞれのニッチがあるわけですが、個体が周囲の様子を知覚するやり方もまた、ニッチによって異なっているのです。
ここで、わたしたちとは異なる種がどのように周囲を知覚しているのか想像してみましょう。
チューブワームにも何らかの感覚はあるのでしょうが、さすがにわたしたちとはあまりにかけ離れているのでほとんど想像がつきません。
もう少し身近にいる、ニッチの近い生物にしてみます。
例えばイエバエになったと想像してください。
世界はどのように見えるでしょうか。
イエバエの視覚はわたしたちよりもかなり大雑把であることが分かっています。
人間の目に見える景色をモザイク状にし、さらに水彩画のようにぼやかしたものが、イエバエにとっての視覚世界だといわれています。
このような世界においてはクモの張った細い糸は見えません。
だからこそ、イエバエはクモの糸に捕まってしまうことがあるわけです。
では、次に二枚貝になったと想像してみましょう。
二枚貝から見た世界はさらにぼんやりとしています。
二枚貝が知覚できるのは明暗の違いだけなのです。
このように、たとえ同じ物理的環境におかれていても、それぞれの種が知覚している環境はかなり異なっているのです。
実はこの話は、Y氏という生物学者が『〇〇〇〇』(S社)という本に書いていることです。
Y氏はこのような種ごとの知覚世界を「環境世界(ウムヴェルト)」と名付けました。
それぞれの種はそれぞれの環境世界に棲んでいるのです。
いま紹介したのは視覚についてだけでしたが、動物の感覚には他にも聴覚や触覚、味覚などがありますから、実際には環境世界を構成する要素はもっと多くなります。
あるいは時間感覚などについてもかなりの違いがあることが知られています。
また、単にどう知覚されているかだけではなく、どのような情報が特に重視されるかということも、種によって異なります。
例えばイトヨというトゲウオの一種の魚がいますが、繁殖期になると、雄は雌を巡って争います。
繁殖期の雄はお腹が赤くなるのですが、イトヨの雄に、実物そっくりではあるがお腹が赤くない雄の模型を見せても闘争行動を行いません。
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